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大阪高等裁判所 昭和26年(ラ)72号 決定

抗告人 杉田正純

右代理人弁護士 松永二夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告の要旨は末尾記載の通りである。

一、原審判は要するに諸般の事実を調査認定した上、杉田章二には民法第八百九十二条に所謂著しい非行ありと認められないと判断したもので、杉田章二が非行をなすに至つた事情としてその責は被相続人たる抗告人にもあるというだけで、特に抗告人の責任過失のみを重視した同人の申述を排斥したものでないこと、原審判の文意行文を通して明白であり、又原審判において杉田章二の供述の一部を信用したからとて何等不当なく、その他抗告人主張のような杉田章二の新たな非行を認めるに足る証拠はない。

二、尚抗告人は杉田章二の将来における行動を色々心配しているけれどそれは相続人廃除の原因とはならない。

よつて抗告人の主張はいづれも採用しがたく原決定には他に何等の瑕疵が認められない。よつて本件抗告は理由がないから棄却することとし抗告費用は民事訴訟法第八十九条に則り主文の通り決定する。

抗告の趣旨

原審審判を取消し且つ本件につき自判或は原審へ差戻相成りたし。

一、原審は被抗告人の非行を認め乍ら抗告人に右非行をなすに至つた責任を帰し、本件の場合民法八九二条に該当しないとした。

思うに同条は「被相続人に対し虐待をし若くは重大な侮辱を加えた場合を非行の例示としているが、抗告人にとつては右例示以上に被抗告人の為め家庭内の秩序並に安寧を害されている。原審判示の如く抗告人は被抗告人の非行を唯傍観していたものではなく、あらゆる手段を尽してその改心に力を尽して来た。原審は第一、二回有罪判決を知らなかつた事を以て愛情欠除の一例としているが被抗告人が行方不明である以上斯る事はおこり得る事である。現に抗告人は被抗告人が服役を終えた後何等かの保護を加えるべく腐心したが、従来の経験に徴し家に帰りてはとても家庭内の秩序を保つ事不能につき生活費一切は自分で負担する故何等かの保護改善の方法なきかと大阪刑務所に相談をしたことがあるが、充分な施設なき為め抗告人宅に引取る決意を固めたが現在出所していることは間違いないが抗告人宅には帰らない。原審は本人が改悛をなし出所後抗告人宅に帰り再び犯行をおかさない旨の言を措信しているが、犯人殊に詐欺恐喝の常習者(犯罪として検挙されたものはその外に奈良検察庁で起訴中のものが発覚した。即ち原審判示の第一有罪後奈良地方検察庁で詐欺罪で起訴され、保釈中の犯罪にて原審判示の第二有罪判決を受けた次第である)の常としていとも温順な態度を示すものとこれを容易に信頼した原審の態度には尽されないものがある。

親たる抗告人としては口外こそしないが右三個の犯罪以外犯罪にわたる被抗告人の非行を知つている。

又抗告人としても被抗告人の非行について多分の責任のあることも否定しない。唯現在の状況として自己の家庭を破壊せずして被抗告人を家庭にむかえることが出来ない事は不徳なりとの批判を甘受しても親として認めねばならぬ。原審の如く単に愛の一語を以て片付け得ない次第である。民法八百九十二条は被相続人に対する虐待侮辱について被相続人の無過失を要件としていない。又同条の虐待侮辱について斯る子供の非行について大なり小なり親の不注意のない場合は絶無であろう。以上の点より原審が民法の要件としない抗告人の過失を重視し、抗告人の請求を排斥したのは失当である。

二、原審は民法八九二条の非行には「相続人の廃除がない時はその相続財産は相続されると同時に無意識に濫費され、寧ろ社会的に悪が生じ得べき虞があり、その家庭内の秩序が紊れ被相続人がそのまま業に励みその財産を維持増大してゆくことが心理的に不能となる事を要する」とし、抗告人が妻帯して子女をもうけ被抗告人が単独相続人でなくなつた以上廃除の原因がない様な口吻であるが廃除は遺言を以てもなし得ることであるし、唯一の相続人でない場合でも被抗告人の相続財産に関する限り直に之が濫費されることも間違いないし、又妻や子女と共同相続をなしその主要財産である不動産有価証券等について分割の協議をなすにしても、必ずや暴力その他犯罪行為を他の相続人に加える懼れは充分あると言わねばならぬ。

三、抗告人としては過去の経験に徴し被抗告人が現在抗告人家に入り円満に家庭を運営していくことは出来ないと思つている。愛情の不足によるものでなく被抗告人に於て真に改悛の見込あらばその生活の為め或は商売上の資金を供給することもいとわない。現在に於ても出所している以上本人の意思次第抗告人の店に見習わしてもよいとは思つている。併し廃除をなさずして他の子女との財産の共同相続は必ずや血で血を洗う争を生じ、且つそれが訴訟等の手段によらず非合法的暴力をともない、これが死後に於て妻や子供に長く行われることは間違いないと思つている。

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